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13 June 2005

事実は真実の敵

松本幸四郎さんの『ラ・マンチャの男』を観た。中学生の時に帝国劇場で観て以来。実に25年以上ぶりだ。キャストの顔ぶれはほとんど変わり、上条恒彦さんだけがそのまま。他界された小鹿番さんに変わる佐藤輝さんのサンチョも、あたたかさのにじみ出る愛すべき人間らしいサンチョだった。

思いがけず前から3列目という良い席に着き、思い出をたどりながら舞台に向かう。今の私に飛び込んでくるメッセージやシーンは、中学生の頃の私に深く印象を残したものとは異なっているのをぼんやりと感じる。

本を読む、映画を観る、お芝居を観る・・・ということ。もちろん面白かったり楽しかったり、娯楽の要素もあるが、それだけが動機ではないように思う。

人はいつも何かしら疑問や不安や葛藤、テーマのようなものを自身のこころのなかで繰り広げている。その時その時で、悩むこと、答えが欲しいものはさまざま。20代の頃の私は、映画のなかにそのほとんどの答えを見出していた。映画を観ると不思議なほどに、その時に心のなかで自問自答している答えにぴったり出会う。

ウディ・アレンの『カメレオンマン』という映画がある。ウディ・アレン扮する主人公のZeligは、まわりに過度に同化してしまうこころの病を持つ。人に嫌われたくない、まわりの人に受け入れられたい、そんな思いが大きすぎて、自分の近くにいる人々の外見にまでそっくりに変化してしまうのだ。ドイツにいるときはヒトラー似、中国に行けばあっさりしたオリエンタルな顔に早変わり。

この映画は、三鷹オスカーという名画座で大学生のときに初めて観た。人に合わせることの度合いって難しいなと悩んでいるときだった。そんな悩みが大きく大きくなったものが、目の前のスクリーンで極端にデフォルメされて繰り広げられた。映画が終わって三鷹駅に立ったとき、すっきりにっこりしていた感覚をよく覚えている。映画を観て、人に合わせるという行為の度が過ぎることの愚かさを知り、自分なりの ものさし を得た。

『ラ・マンチャの男』のドン・キホーテは歌う。「夢はみのりがたく ~略~ 道は極めがたく 腕は疲れ果つとも 遠き星をめざして 我は歩み続けん ・・・」 たくさんのつらい現実を見、経験したセルバンテスは、妄想を追い続けて狂人と呼ばれるドン・キホーテと自身を行ったり来たりしながら、気高い心を持ち続けて夢を追い続けることの大切さを私たちに説いた。

『事実は真実の敵』 と、セルバンテスは言った。ありのままの人生(事実)に折り合いをつけて、あるべき姿(真実)のために戦わぬことこそが狂気であると。

まこと、真実、本物、本当って何? 根っこがないまやかしに嫌悪感を抱き続けているこのところの私。舞台の上で精一杯に夢を追って生きるドン・キホーテに、今回もまたもや大切な答えをもらってしまったようだ。

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