歌舞伎の楽しみ方 1
<目当ての演目に集中して楽しむ>
今年はコンスタントに歌舞伎を観た年だった。お芝居やコンサートなどのほかの舞台にも行くから、振り返ってみると毎月かなりの数を楽しんでいたんだなと思う。今年は仕事も結構忙しかった。仕事が忙しいときは、目当ての演目だけにはなんとか間に合うように歌舞伎座へ行く、ということも多かった。そういう見方もイイもんだ、と知った。
今日の予定は? と毎朝、家人と話す。今日は打ち合わせの後、夜は歌舞伎。ウフフ と言うと、キミも好きだねー、徹夜明けでよく元気だねと笑われる。確かにそうなんだけど、舞台に向かう時間が私にもたらしてくれる活力というのはとても大きくて、どんなに忙しいときでも歌舞伎などに通うことがやめられない。
今年の歌舞伎は、たまたま一階席の一列目がとれたりしたので、座る場所による楽しみ方の違いなども改めて実感しながら観れたように思う。今年も終わってしまいそうなので、今年後半の歌舞伎の感想をメモしておきたい。
九月の歌舞伎座 『勧進帳』
吉右衛門さんの『勧進帳』がすばらしいらしい。そんなことを友人から聞いたり、何かで読んだりしているうちに、やはり9月は夜の部も観なくてはいられない気持ちになった。昼の部の雀右衛門さんですっかり高揚してしまった感もある。
急いで松竹のサイトを見る。9月は旅行の予定もあるし、夕刻の打ち合わせも多いのでなかなか日取り設定が難しい。ということで、一つめの演目はあきらめて、勧進帳の始まる時間になんとか間に合いそうな千秋楽の席を確保した。
・・・・・・!!!
幕間に動けなかった、というのは初めての経験。それほどに吉右衛門さんの弁慶はすばらしかった。幕がひけて拍手をやめた瞬間に、お隣の知らないおばあさまと思わず手をとりあってしまいそうなほど、顔を見合わせて一緒にため息をついてしまう。
あたたく豪快な吉右衛門さんの弁慶には、三階席にまで伝わる気迫がある。気づいたら、私も弁慶の気持ちになりきって義経を隠し通すために無我夢中。たぶん、歌舞伎座に座っていたお客さまも皆、弁慶と同じ空気を発しながら舞台を食い入るようにみつめている、すごい一体感のある千秋楽だったのではないだろうか。
吉右衛門さんの弁慶とともに、富十郎さんの富樫がこれまたよかった。吉右衛門さんと富十郎さんは昼の部でも息の合うコンビだったが、この二人の組み合わせの勧進帳は、私にとって今までのベストかもしれない。
富樫という役は、今まで若めできれいな配役ばかり観ていた。なんだかのっぺり冷たい感じのする富樫。なぜ弁解を見逃したのかわからない。今ひとつ感情移入できなかった。
だが、富十郎さんの富樫は違う。弁慶の思い、義経の悲しい境遇をぐっと呑みこみ、見逃す富樫。動きやセリフが少なく、すっくと立つ姿。静かな静かな存在感のなかに人間味があふれていた。
ワイドショー的で申し訳ないのだが、私は富十郎さんを今まであまり好きになれなかった。かなり年の離れた女性と結婚し、子どもに恵まれた際の会見で、まだまだ二人目も・・・、という満面のおじいちゃん顔に生理的に気持ち悪いと思っていた(あぁー、失礼でごめんなさい)。
しかし、今はもう違う。富十郎さん万々歳だ。こんな方を魅了したずいぶん年下の女性とは、きっと特上で素敵なひとなんだろうなと思う。感動して動けなかった幕間の終わりごろにこんなこともぼんやり考えていた。
・東京新聞で、九月の『勧進帳』について話す吉右衛門さん
http://www.tokyo-np.co.jp/00/mei/20050827/ftu_____mei_____001.shtml
・渡辺保さんの『勧進帳』評
http://homepage1.nifty.com/tamotu/review/2005.9-1.htm
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